【アラベスク】メニューへ戻る 第7章【雲隠れ (後編)】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)

前のお話へ戻る 次のお話へ進む







【アラベスク】  第7章 雲隠れ (後編)



第2節 百考千思 [1]




 何度目だろう。
 ハッと見つめる相手の瞳は、明らかに不審げ。
「あっ」
 言い訳も思いつかず口ごもる涼木(すずき)聖翼人(えんじぇる)=ツバサに、(つた)康煕(こうき)=コウは眉を潜める。
「聞いてなかっただろ?」
 抑えようにも、苛立ちが滲んでしまう。
「ごめん」
「別に謝ってくれなくていいよ」
 ツバサから視線を逸らし、コウは菓子パンにかぶりついた。
 夕暮れの公園。ベンチの二人。
 唐渓の生徒らしからぬ、なんとも素朴で質素なデート。
 夕日を浴びながら駆けまわる幼児。親に手を引かれる野球少年。
 もう何時間、ここに座っているのだろう。
「部活、今日はないんだっけ?」
 努めて明るく口を開くツバサに、コウはうんざりとため息をついた。
唐渓祭(からたにさい)の準備で、放課後の体育館は三年生が乗っ取ってる」
 唐渓祭とは、いわば文化祭のようなもの。
「あっ そうか」
「さっき話した」
 簡潔過ぎるコウの言葉が、辺りの空気を重くする。
「ごめん」
「謝るなって」
 ため息混じりの声が辛い。
 100%ツバサが悪い。
 コウの隣に座っていながら、コウの話などほとんど聞いていない。
 なぜか?
 スカートのポケットが、心なしか重く感じる。

 あの写真―――

 床に横たわる美鶴の写真。
 手が後ろに縛られていた。なんか顔もぐったりしてたし、絶対おかしい。
 あの写真は何?
 と同時に、こんな疑問も。
 どうして美鶴の写真がシロちゃんのところに?
 男が持ってきたと言っていた。
 誰?
 珍しく不在の里奈。
 何? なんだろう? なんだかすっごく悪い予感。
 なのに、誰にも話せない。
「っんにしても、あっちぃな」
「今年も残暑厳しいってね」
 何事もないかのように、話を合わせる。
 コウには話せない。
 話したくない。
 そっと唇を噛む。
 嫌な自分。
 ひょっとしたらすっごく大変な事が起こってるかもしれないのに、私って自分の事しか考えていない。







あなたが現在お読みになっているのは、第7章【雲隠れ (後編)】第2節【百考千思】です。
前のお話へ戻る 次のお話へ進む

【アラベスク】メニューへ戻る 第7章【雲隠れ (後編)】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)